シネマ・ヴェリテ
肩に載るカメラと、持ち運べる録音機。1960年前後にそれが揃うと、記録の川はまた形を変えました。おもしろいのは、ほとんど同じころに、大西洋の両側で逆の答えが出たことです。アメリカのダイレクトシネマは、撮る人がいないかのように振る舞うことを理想にしました。壁にとまった蝿のように、ただ見る。1960年の『予備選挙』は、大統領候補を追いかけながら、その原則で撮られています。フランスのシネマ・ヴェリテは反対でした。ジャン・ルーシュは、カメラがそこにあること自体が人から何かを引き出す、と考えます。だから撮っていることを隠さず、撮影そのものを画面に入れました。1961年の『ある夏の記録』では、撮られた人たちが自分の映った映像を観て、それについて話す場面まで入っています。介入しないことで本当に近づけるのか、介入することで本当が出てくるのか。この問いは、いまも決着していません。ちなみにこの帯の考え方の元をたどると、1929年に「カメラは人間の目より正確な機械の目だ」と言った人に行き当たります(→ 前衛映画)。三十年寝ていた考えが、道具が追いついたときに起きたことになります。