フィルムノワール
斜めの影、ブラインド越しの縞の光、雨の夜。撮っていたハリウッドは、自分たちが「ノワール」を作っているとは知りませんでした。名付けたのは海の向こうです。ナチス占領下のフランスでは、アメリカ映画が4年あまり上映できませんでした。1946年の夏、止まっていた作品——『マルタの鷹』『深夜の告白』『飾窓の女』——が一斉に公開され、まとめて浴びるように観た批評家ニーノ・フランクが、個別の探偵ものだったはずの映画たちに共通する暗いトーンを発見して「フィルム・ノワール」と呼びました。名前は、観られなかった4年の反動から生まれたのです。影の出どころにも物語があります。ラング、シオドマク、ワイルダー——ドイツ表現主義の暗闇を体で知る亡命者たちが、その視覚をハリウッドの犯罪映画に持ち込みました。そしてこの帯でいちばん自由に観られるのは、いちばん貧しかった1本です。6日間で撮られた低予算ノワール『デトゥアー』は、B級量産スタジオの作品として初めて米国立フィルム登録簿に選ばれ(1992)、権利が切れたいまは誰でも全編観られます。装置の外側にいた映画が、いちばん開かれた古典になりました。