魔法
撮影を止めて、また回す。それだけで人が消える——奇術師ジョルジュ・メリエスは、カメラが魔法の箱だと最初に気づいた一人でした。舞台の手品師だったメリエスはガラス張りのスタジオを建て、多重露光もコマ止めも駆使して「現実を作る」映画を量産します。ここに置いた1897年の『グギュスと自動人形』は、その最初期の一本です。道化のグギュスがハンドルを回すと人形が歩き、棒を振り、やがて等身大まで大きくなって——今度は人形のほうがグギュスを叩きはじめます。スクリーンに映ったいちばん古い「動く人形」で、これを最初のSF映画と呼ぶ研究者もいます。この一本には、もうひとつ長い話がついています。100年以上ゆくえが分からなくなっていて、見つかったのはアメリカの家の物置でした。退職した高校教師のビル・マクファーランドさんが20年ものあいだ置いていた曾祖父の旅行鞄。曾祖父ウィリアム・デライル・フリスビーは20世紀の変わり目に、映画と幻灯のスライドと蓄音機を積んでペンシルベニアの田舎町を回っていた興行師でした。錆びた10巻のナイトレートフィルムを米議会図書館の保存センターが安定化させ、走査して、2026年に世に戻しました。——この地図の前史の欄に「幻灯」を置いてあります。映画の前夜を支えたその幻灯の興行師の鞄が、映画そのものを100年あずかっていたことになります。なお、メリエスでいちばん有名な『月世界旅行』(1902)は、ここには灯していません。よく出回っている復元版には新しく作られた音楽が乗っていて、映像がパブリックドメインでも、その版ごと自由に使えるわけではないからです。