ホラー
1931年、ユニバーサルが『魔人ドラキュラ』と『フランケンシュタイン』を同じ年に出して当てました。ここで撮影所が発見したのは、観客はお金を払って怖がりに来る、ということです。恐怖は避けたいものではなく、買いに来るものだった。城と怪物の時代がしばらく続いたあと、1960年にヒッチコックが『サイコ』でその場所を移します。怪物は遠い国の城ではなく、道路沿いのモーテルにいました。しかも人間の顔をしていた。怖いものが日常の側へ引っ越したわけです。1968年の『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』は、この地図の別の場所で書いた話とそっくりな理由でパブリックドメインになりました。公開直前に題名を変えたときに、権利の表示を入れ忘れたのです。チャップリンの『黄金狂時代』が更新の手続きで権利を失ったのと、同じ層の話です。名作かどうかではなく、書類が一枚どうだったかで決まっている。1973年の『エクソシスト』は、ホラーとして初めてアカデミー作品賞にノミネートされました。そして1978年の『ハロウィン』は、三十万ドルほどで作られて桁違いに稼ぎます。ホラーがこの地図でいちばん賑やかな帯であり続けるのは、たぶんこれが理由です。いちばん安く作れて、いちばん当たる可能性がある。だから新しい人はここから入ってくる。