記録
1895年12月28日、パリのグラン・カフェの地下。白い布に映った工場の出口や駅に入ってくる列車に、最初の観客が息をのみました。リュミエール兄弟のシネマトグラフは撮影機と映写機を兼ねた軽い機械で、カメラは外へ——現実のほうへ向きました。ここから「記録の水脈」が現在のドキュメンタリーまで一本で流れます。ところで、この水源の映画たちには少し意外な現在があります。リュミエール社の1,405本は修復されてカタログ化されていますが、そのうちおよそ74%は、一度も一般公開されたことがありません。世界でいちばん有名な「最初の映画」は、実はまだほとんど観られていないのです。この地図はここでは映像を灯さず、リュミエール研究所の公式カタログへご案内します——映画の川は、水源にまだ未踏の部分を残したまま流れています。かわりに、この川がなにをする川なのかがいちばんよく分かる一本を置きました。1906年4月14日、サンフランシスコ。ケーブルカーの前窓にカメラを据えて、市場通りを2.5キロ走りながら撮った8分間です。行き交う馬車と自動車と人。その4日後の4月18日、地震と火事が街の中心をほとんど焼き尽くしました。フィルムのネガは前日の17日に列車でニューヨークへ発っていて、1日違いで焼失をまぬがれた——と、米議会図書館の解説欄には記されています。記録するとは、こういうことでした。誰も、これが最後の姿だとは知らずに撮っていたのです。