ソ連モンタージュ
同じ顔なのに、次に何を見せるかで意味が変わる。レフ・クレショフは、俳優の無表情な顔のあとにスープの皿、棺の中の子ども、美しい女性をつないで、観客がそのつど「空腹」「悲しみ」「欲望」を読み取ることを示した——とされています。ところがこの実験のフィルムは、現存しません。教科書や講義で流れる映像は、すべて後から作られた再現です。映画理論のいちばん基礎にある概念のひとつが、誰も原本を見たことのない話の上に立っています(ついでに言うと、その俳優は表情豊かなことで知られた人でした。「無表情だった」という前提のほうが伝説かもしれません)。エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』(1925)にも、似た話があります。あの階段を人々が転げ落ちる場面は、映画史でいちばん引用される数分ですが、あの階段での虐殺は起きていません。ただし、まったくの作りごとでもありませんでした。ポチョムキン号の入港をきっかけに市内では実際に衝突が起き、軍の発砲で数百人が亡くなったと伝えられます。エイゼンシュテインは、街じゅうに散らばった出来事を一か所に集めたのです。そして起きなかったはずの場面のほうが、世界の記憶になりました。この映画は、たくさんの国で長く禁じられました。英国では1926年から1954年まで観られず、そのあとも成人指定が続き、1987年にようやく緩められ、2025年にまた格付けが変わっています。百年たっても、まだ動いている。皮肉な話もあります。ゲッベルスはこの映画を「比類なき出来だ」と絶賛し、ドイツの映画人に「ナチス版のポチョムキンを作れ」と檄を飛ばしました。エイゼンシュテインは公開の書簡で、真実とナチズムは両立しないと返したと伝わります。