世界と並走する現在
1997年、北野武の『HANA-BI』がヴェネチアで金獅子を獲りました。日本映画としては1958年以来、三十九年ぶりです。おもしろいのは順番でした。国内では、彼はまずお笑いの人でした。監督としての評価は海外のほうが先に来て、この受賞のあとに国内が追いつきます。「世界のキタノ」という言い方が広まるのは、それからでした。同じ1997年、今村昌平の『うなぎ』がカンヌでパルムドールを受けています。この年の同時受賞の相手は、キアロスタミの『桜桃の味』でした——この地図の左側にある「アジアの波」の帯と、右端のこの帯が、一つの賞の上で並んだ年です。ついでに、賞の名前の話をひとつ。1954年に衣笠貞之助の『地獄門』がカンヌで受けたのは、パルムドールではなくグランプリでした。当時その名前はまだ無かったのです。そしてこの受賞をきっかけに、映画祭が宝飾業者に依頼して、翌年から金の棕櫚のトロフィーが作られました。日本映画の受賞が、賞そのものの名前を連れてきたことになります。二〇一〇年代以降も、水路は流れています。2018年、是枝裕和の『万引き家族』がパルムドール——『うなぎ』から二十一年ぶりでした。是枝はケン・ローチを師と仰いでいて、俳優に台本を渡さない撮り方は「ローチの踏襲」だと自分で語っています。2021年には濱口竜介の『ドライブ・マイ・カー』がカンヌで脚本賞、翌年のアカデミー賞で国際長編映画賞を受けました。日本映画としては初めてで、作品賞にノミネートされたのも初めてです。濱口の大学の卒業論文は、ジョン・カサヴェテスについてでした。その濱口には、賞の前の年の話があります。2020年4月、感染症で全国の小さな映画館が閉まりかけたとき、彼は深田晃司とともに支援の基金を立ち上げました。目標の一億円は二日で超え、最終的に三億三千万円が集まって、百十八の劇場に届いています。世界に見つけてもらう前に、自分を育てた場所のほうを先に守りに行った人でした。