時代劇
この名前は、もともと反対の意味でした。1923年、松竹が『女と海賊』を「新時代劇映画」と銘打ったのが始まりとされます。歌舞伎の「時代物」に倣いつつ、宣伝の言葉としては「新しい時代の劇」——つまり、これまでとちがう新しいものだ、という売り文句だったわけです。それが略されて「時代劇」になり、いまでは正反対に「古い時代を描いた劇」として通じています。この地図には名前の話がいくつも並んでいますが、外から来た名前(悪口・世代論・爆弾)に加えて、ここでは時間が意味をひっくり返しました。中身のほうは、震災が連れてきます。京都に集まった撮影所で、剣戟の様式美が磨かれました。阪東妻三郎、大河内傳次郎、嵐寛寿郎、片岡千恵蔵、市川右太衛門、長谷川一夫——「時代劇六大スタア」と呼ばれた人たちです。この殺陣の見せ方は、のちに黒澤明を通って世界のアクションの語彙になっていきます。地図の左のほうで西部劇と往復する線が引いてありますが、その水は、ここから流れています。