前衛映画
ブニュエルとダリは、おたがいの見た夢を持ち寄りました。雲が剃刀のように月を横切る夢と、蟻がたかる手の夢。「理屈で説明のつくものは入れない」という一つだけの決まりで数日で書き上げ、ブニュエルの母が出したお金で撮ったのが『アンダルシアの犬』(1929)です。冒頭で目が切られる場面は、子牛の目を使ったとブニュエル本人が後年語っています。パリでの初上映には、ピカソもル・コルビュジエもコクトーも来ていました。ブルトンのグループも全員そろっていて、この夜をきっかけに二人はシュルレアリスムの運動に迎えられます。もう一人、まったく逆の方向へ行った人がいます。ジガ・ヴェルトフは、物語も俳優も否定しました。カメラは人間の目より正確な機械の目であり、その目で拾った現実の断片をつなげば、肉眼では見えない真実に届くはずだ——キノ・グラース(映画眼)という考え方です。『カメラを持った男』(1929)は、街の一日を撮った映像だけでできています。2014年、英サイト・アンド・サウンド誌が世界の批評家と映画人に聞いた「史上最高のドキュメンタリー」で、この映画が1位になりました。同じ年の同じ帯から、夢のほうへ行った人と、現実のほうへ行った人が出ています。そして地図の左端を流れる「記録の水脈」は、この人の考え方をあとで拾い直すことになります。